So-net無料ブログ作成

武士のやばせの船は早くとも急がば回れ瀬田の長橋 [ ┗水辺をふらふら]

瀬田川 瀬田の唐橋
_DSC1132.jpg
wiki>唐橋を現在の位置に移したのは織田信長。架橋奉行は木村次郎左衛門と瀬田城主の山岡景隆で、若狭の神宮寺山と近江朽木から材木を取り寄せ、幅四軒(約7.2m)長さ一八〇軒(約327m)の橋を90日で完成させたという。中島をはさんだ大橋と小橋の形となったのはこの時からと考えられる。明智光秀が本能寺の変で信長を倒すと、景隆は光秀が安土を攻めようとしたため、唐橋と瀬田城を焼いてこれを阻止した。光秀が仮橋を架けるのに3日かかっている。

「近江八景 瀬田夕照」歌川広重

右の三艘の帆船がいるところ辺りが矢橋かな

_DSC1133.jpg

_DSC1134.jpg

藤原秀郷の大ムカデ退治伝説
_DSC1135.jpg
左上の胴体が巻きついてるのが近江富士だな

_DSC1136.jpg
古い擬宝珠も中にはあるみたいですが、これはそれではなさそう
利休が言ってた「2つの見事な形のもの」はさすがに残ってないだろな

_DSC1137.jpg
次の目的地はあの山の向こう(というか麓)
nice!(58)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:旅行

nice! 58

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 1

トラックバックの受付は締め切りました