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金剛寺 [ ┗大阪 豊楽の道]

大阪 河内長野
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神仏霊場巡拝の道 55番 金剛寺HP
楼門 重文
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wiki>奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開いたとされる。弘法大師(空海)も修行をしたとされている。平安時代末期に高野山の僧・阿観(あかん)が金堂・御影堂などを建立し、再興した。南北朝時代には南朝方の勅願寺とされ、後村上天皇の行在所(あんざいしょ)ともなった。また、北朝の光厳・光明・崇光天皇の行在所とされた時期もあった。その後、戦火にも遭うことがなく、貴重な文化財が数多く残されている。

食堂(天野殿) 重文
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金堂 重文 は修理中 ちらっと様子が見られるようになってます。
DSC06715.jpg折上天井の裏
DSC06716.jpg懸魚部分?

仮本堂 本来は五仏堂
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お寺の本尊は(伝)運慶木造大日如来坐像
仮本堂に移されていたかどうかは… 記憶にないな…
御朱印
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多宝塔 重文
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DSC06729.jpg
鎮守社は国道を挟んだ反対側にあるようで、気が付かなかったな~
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susumu

南北朝時代、南朝と北朝双方の行在所があったなんて
歴史的にも興味深いところですね。^^
by susumu (2012-09-15 22:20) 

Sazaby

>susumuさん
なかなか時系列が理解しにくい時代(後村上天皇が移動しすぎ?(笑))ですが
激動の時代の舞台ですよね〜
by Sazaby (2012-09-15 22:31) 

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