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高野山 壇上伽藍 [ ┗和歌山 清浄の道]

一応メインの場所も再訪(奥之院は行かないけどね)
壇上伽藍
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wiki>弘法大師・空海が曼荼羅の思想に基づいて創建した密教伽藍の総称であり、高野山の二大聖地の一つである(ほかの一つは奥の院)。金堂は高野山全体の総本堂で高野山での主な宗教行事が執り行なわれる。ほかに大塔、御影堂、不動堂などが境内に立ち並び、不動堂は世界遺産に登録されている。

東塔
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不動堂 国宝
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wiki>建久8年(1197年)ないしは建久9年(1198年)の建立。当初は高野山内の五の室院谷にあり、1908年(明治41年)に現在地に移築された。桧皮葺(ひわだぶき)、入母屋造の住宅風仏堂である。国宝の八大童子像はここに安置されていたが、現在は高野山霊宝館に移されている。
周囲の人の興味を引かない地味っぷりも相変わらず(笑) 世界遺産なのに…

根本大塔
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wiki>空海入定1,100年を記念して再建したもので、鉄筋コンクリート造である。内部には中央に胎蔵界大日如来像、その四方に金剛界四仏を安置する。塔内の柱などに描かれた仏画は堂本印象の筆である。本来別々の密教経典に説かれている「胎蔵界」の仏像と「金剛界」の仏像を一緒に安置するのは異例であるが、これは、両者は根本的には1つだという、空海の思想を表したものといい、「根本大塔」という建物名もこれに由来するという。

金堂
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wiki>昭和元年(1926年)に焼失後、昭和7年(1932年)に再建された鉄筋コンクリート造の建築で、屋根は入母屋造である。本尊阿閦如来(あしゅくにょらい)像は高村光雲の作である。1926年の焼失時、堂内には旧本尊阿閦如来像(薬師如来と同体ともいう)を始め7体の仏像が安置されていたが、堂と共に焼失した。旧本尊像は公開されたことのない秘仏であったため、写真も残されておらず、どのような像であったかは永遠に不明となった。本尊の両脇に安置されていた6体の仏像(不動明王像など)については、焼失以前に撮影された写真が残されており、作風から見て、空海の時代からあまり隔たらない9世紀頃に作られた密教像として、極めて貴重なものであった。

御影堂
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西塔 重文
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山王院拝殿
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山王院本殿 重文
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丹生明神社、高野明神社、総社の三社が並んでいるようです。
高野山の鎮守社にあたる重要な場所です。壇上伽藍では先の不動堂とこの本殿が世界遺産指定です。

六角経蔵
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これ… やっぱり回転しないようです…

なにやら新しい建築物も建ててるようです
中門再建工事 ~H26.12
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すぐ近くには高野山町石の一町目石が
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根本大塔が0町目(起点)らしい。

ひととおり見回った後は霊宝館でいろいろ仏像や曼荼羅など見て
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かえりしなに前回見逃していた大門 重文 へ
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この大門も世界遺産に含まれてます。
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コメント 4

hanamura

国宝建築物って、だいたい枯れてますよね。
色塗ると怒られワケではないでしょうがぁ・・・。
by hanamura (2012-09-08 06:30) 

Sazaby

>hanamuraさん
 中になにもないからか、雨戸が閉められてさらに地味さが増しているんですよね。
by Sazaby (2012-09-08 09:39) 

ノリパ

高野山かあ、重文、国宝、世界遺産ですか。行って見たいっス。秋になったら行こうかな。
by ノリパ (2012-09-08 17:07) 

Sazaby

>ノリパさん
 大阪からだと2時間ぐらいで行けちゃうんじゃないでしょうかね。
 かなりの山の上なのでもうそろそろ色付き始めるころかもしれないです。
by Sazaby (2012-09-08 18:13) 

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